×

サイレンススズカ

Featured Video Play Icon

サイレンススズカ

日付開催レース名G距離着順騎手リンク
1997/02/01京都4歳新馬芝16001上村JRA
1997/03/02中山報知杯弥生賞芝20008上村1
1997/04/05阪神4歳500万下芝20001上村1
1997/05/10東京プリンシパルSOP芝22001上村1
1997/06/01東京日本ダービー芝24009上村JRA
関テ
1997/09/14阪神神戸新聞杯芝20002上村1
1997/10/26東京天皇賞(秋)芝20006河内JRA
1997/11/16京都マイルCS芝160015河内JRA
1997/12/14香港香港国際カップ芝18005武豊1
1998/02/14東京バレンタインSOP芝18001武豊1
1998/03/15中山中山記念芝18001武豊JRA
1998/04/18中京小倉大賞典芝18001武豊JRA
1998/05/30中京金鯱賞芝20001武豊JRA
1998/07/21阪神宝塚記念芝22001南井JRA
関テ
1998/10/11東京毎日王冠芝18001武豊JRA
関テ
1998/11/01東京天皇賞(秋)芝2000武豊JRA

JRA netkeiba Wikipedia

サイレンススズカ(欧字名: Silence Suzuka、1994年5月1日 – 1998年11月1日)は、日本競馬史上に残る名逃げ馬である。父サンデーサイレンス、母ワキア(父Miswaki)の血統を引き、北海道平取町の稲原牧場で生産された。栗毛の小柄な馬体は「栗毛のサンデー産駒は走らない」という先入観の中で育成されたが、二風谷軽種馬育成センターでの調教で非凡な素質を示し、雪をものともせず力強い脚取りで育成担当者を驚かせた。

1997年2月、京都芝1600mの新馬戦でデビュー。1番人気に応え、2着に7馬身差の圧勝で鮮烈な走りを見せた。しかし弥生賞ではゲート入りの失敗から8着に敗れ、続く日本ダービーでも9着と不安定な結果が続いた。

翌1998年、5歳となったサイレンススズカは真価を発揮し始める。バレンタインステークスを皮切りに、中山記念、小倉大賞典、金鯱賞(1分57秒8のレコードで大差勝ち)、宝塚記念とGI1勝を含む6連勝を記録した。特に毎日王冠ではエルコンドルパサー、グラスワンダーとの「3強対決」が話題を呼び、前半1000mを57秒7のハイペースで逃げつつ、上がり3ハロン35秒1の末脚で2馬身半差をつける豪快な勝利を飾った。その走法は武豊騎手から「58秒で逃げて58秒で上がってくる」と称賛され、常識を覆すものだった。

1998年11月1日、第118回天皇賞(秋)では1番人気に支持され理想的な逃げを展開。3コーナー手前で後続に10馬身の差をつけて圧倒的な先行力を見せたが、4コーナー手前で左手根骨を粉砕骨折し予後不良となり、そのまま安楽死処分が下された。通算成績は16戦9勝、GI1勝。

レースぶりの美しさと異次元のスピード持続力は「理想のサラブレッド」「何十年に一頭の馬」と評され、死後にはJRA賞特別賞を受賞、20世紀の名馬大投票で4位、芝2000m最強馬投票では1位に選ばれるなど、現在もファンに愛され続けている。

サイレンススズカの功績は逃げ馬の可能性を広げ、競馬史に不朽の足跡を残した名馬である

コメントを送信