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オグリキャップ

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オグリキャップ

日付開催レース名G距離着順騎手link
1987/05/19笠松3歳新馬ダ8002青木
1987/06/02笠松3歳ダ8001加藤
1987/06/15笠松3歳ダ8001青木
1987/07/26笠松3歳ダ8002加藤
1987/08/12笠松3歳ダ8001加藤
1987/08/30笠松秋風ジュニアダ14001安藤勝1
1987/10/04笠松ジュニアクラウン重賞ダ14001安藤勝1
1987/10/14中京(地)中京盃重賞芝12001安藤勝1
1987/11/04笠松中日スポーツ杯ダ14001安藤勝1
1987/12/07笠松師走特別ダ16001安藤勝1
1987/12/29笠松ジュニアGP重賞ダ16001安藤勝1
1988/01/10笠松ゴールドジュニアダ16001安藤勝1
1988/03/06阪神ペガサスS芝16001河内JRA
1988/03/27阪神毎日杯芝20001河内JRA
1988/05/08京都京都4歳特別芝20001南井JRA
1988/06/05東京NZT4歳S芝16001河内JRA
1988/07/10中京高松宮杯芝20001河内JRA
1988/10/09東京毎日王冠芝18001河内JRA
1988/10/30東京天皇賞(秋)芝20002河内JRA
1988/11/27東京ジャパンカップ芝24003河内JRA
1988/12/25中山有馬記念芝25001岡部JRA
関テレ
1989/09/17中山オールカマー芝22001南井JRA
1989/10/08東京毎日王冠芝18001南井JRA
1989/10/29東京天皇賞(秋)芝20002南井JRA
1989/11/19京都マイルCS芝16001南井JRA
関テレ
1989/11/26東京ジャパンカップ芝24002南井JRA
1989/12/24中山有馬記念芝25005南井JRA
関テレ
1990/05/13東京安田記念芝16001武豊JRA
1990/06/10阪神宝塚記念芝22002JRA
1990/10/28東京天皇賞(秋)芝20006増沢JRA
1990/11/25東京ジャパンカップ芝240011増沢JRA
1990/12/23中山有馬記念芝25001武豊JRA
関テレ

JRA netkeiba Wikipedia

オグリキャップ(欧字名:Oguri Cap、1985年3月27日-2010年7月3日)は、日本のサラブレッド競走馬・種牡馬である。笠松競馬場でのデビュー後、地方8連勝(重賞5勝)を含む10戦10勝の成績を残し、1988年1月に中央競馬へ移籍した。中央では栗東・瀬戸口勉厩舎に所属し、GI競走4勝を含む重賞12勝を挙げた。通算成績は地方・中央合わせて32戦22勝であり、そのうちGIは有馬記念2回(1988・1990年)、マイルチャンピオンシップ(1989年)、安田記念(1990年)である。

父は笠松競馬で優れた種牡馬成績を残したダンシングキャップ、母は地方競馬で活躍したホワイトナルビーという血統を受け継いだ。出生時には右前脚の外向が見られたが、美山育成牧場や稲葉牧場での丁寧な矯正と調教を経て改善し、短期間で優れた瞬発力を身につけた。笠松時代には幼名「ハツラツ」と呼ばれ、鷲見昌勇調教師のもとダート800m戦を中心に実戦を重ね、2度の敗戦を経た後は毎回大差で勝利を重ねていった。

中央移籍後はペガサスステークスで鮮烈な勝利を収め、続く毎日杯、京都4歳特別、ニュージーランドトロフィー4歳ステークスでも連勝し、重賞4連勝を達成した。クラシック登録がなかったため皐月賞・日本ダービーには出走できなかったが、NZトロフィーでレコードタイムを記録した。1988年有馬記念はファン投票1位の支持を受けたものの2番人気での出走となり、直線でタマモクロスをクビ差しのいでGI初制覇を遂げた。この勝利は“地方出身馬”が頂点に立つ劇的なドラマとして語り継がれている。

1989年は春に故障で休養を余儀なくされたものの、オールカマーで復帰後に毎日王冠連覇を達成し、その後マイルチャンピオンシップで鋭い末脚を繰り出してGI2勝目を挙げた。有馬記念では脚部不安が影響して5着に敗れたものの、JRA賞特別賞を受賞し、「平成三強」の一角として競馬界を席巻した。

1990年は安田記念でコースレコード勝ちを収め、国内最高賞金を更新した後に脚部不安が相次ぎ成績は低迷したが、年末の有馬記念で再び優勝し、感動的なラストランを演じた。引退後は北海道・新冠町の優駿スタリオンステーションで種牡馬となったが、産駒に重賞勝ち馬は現れず2007年に種牡馬を引退。その後は功労馬として繋養され、多くのファンが訪れる存在となった。芦毛の馬体から「芦毛の怪物」「平成の怪物」と称され、笠松・中央両時代を通じて日本競馬史に燦然と輝く伝説的存在である。

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